沙東すず

以前はメレ山メレ子という名前で「メレンゲが腐るほど恋したい」というブログを書いていました

昆虫大学・卒業論文(1/3)

その2 その3 昆虫大学2012(flickr)
昆虫大学dm
11月17(土)・18(日)にTRANS ARTS TOKYOにて開講した虫イベント「昆虫大学」。すでに出展者や来場者のみなさんが卒業論文(レポート)を上げてくださっているのですが、ガクチョー目線のレポートもここでミッチリ書いていきたいと思います。
※今回、たくさんの方に写真をお借りしました。なんばさん(id:rna)、受付などご協力いただいたそよ風ふくさん、AntRoomの島田拓さん、ありがとうございました!画像ファイル名がそれぞれrna・soyokaze・shimadaではじまっているのがお三方の撮影された写真です。本来一枚ずつクレジットを入れるべきところですがご容赦ください。

キャンパス開講準備

8月中旬のある日、ボストーク伊藤ガビンさんに「大学の廃ビルでお祭りみたいのがあるんだけど、そこで虫関係の何かをやれば?」とすごくざっくりしたお誘いをいただいたのがすべてのはじまりであった…。「取り壊す建物だから*1基本的に何してもいいよ」という話はかなり魅力的だったので、イベント仕切りはまったくの未経験だがやるしかない…ということで、怒涛の3ヶ月がはじまった。
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ついに開講前日の搬入DAY。会場である旧電機大の最上階・200平米の会議室に、出展者のみなさんに送ってもらった荷物と、大型展示の搬入物がどんどん運びこまれてきます。
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奥村巴菜さんのゾウムシと展示台もやってきた!
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会場を自由にしていいということは前に使った人たちも自由にしているのであり、壁に描かれた闇の結社のマークや殺人事件被疑者の似顔絵を上からせっせとペンキで塗る。
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10時から作業をはじめて、19時には設営準備が終了。だいぶ形になった会場で、虫の絵本に見入る丸山宗利先生と小松貴さんの好蟻性昆虫研究者コンビ。
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きれいになった壁とゾウムシ、
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川島逸郎さんの生物画コーナー。
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むし社さんのブースにも「月刊むし」や大図鑑シリーズが並びます。
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そして、モーリタニアのバッタ博士こと前野浩太郎さんから、飛行機で30時間かけて現地入り*2する本人に先んじて、何やら怪しげな宅配便が…「『30個で…いや、やっぱり50個で!』ってなった痕跡が怪しい」「クール便なのもたいがいキモい」と、首をかしげる昆大関係者たちであった。モゾモゾ×50の正体はのちほど。

いざ開講!

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準備中は「前日って緊張して眠れなかったりするんだろうな…」とか思っていたんですが、一週間前くらいから平均睡眠が4時間くらいだったので心配無用だった(寝てない自慢)。いよいよ今日は開講の日。ガビンさんが「すごくいいから目立たせたい!」といって大きくプリントしてくれた昆大校章がエレベータ前にはためいています。
本日搬入の講師のみなさんも続々と登校し、ブース設営にはげむ。この日はじめてお会いする方も、実は何人か…


バッタ博士は東海大学出版会の編集者である田志口さんを伴ってあらわれ、しばらくアフリカの布を広げたりしていたが「メレ子さん、これを受け取って欲しいッスよ」と言い出した。ツイッターで夜ごとセクシャルなハラスメントを行っている彼に対し、学長としては懸命のアカデミックハラスメントで対抗していたのですが
メレ山「あぁ?未開封のモゾモゾに加えまたなんかワイセツ物を持ちこむつもり?司直に引き渡すよ」
バッタ博士「違うッスよ、メレ子さん。俺、大学にはコレがゼッタイ必要だって思ったッスよ」
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メ「ちょ、彫金の…校章!!!!!」
バ「校門に飾ったらいいと思って、モーリタニアの職人に依頼したッス。特に説明せずに渡したけど、いい仕事してくれたッス。二つあるから、入り口の右と左に飾って、昆大が終わったらメレ子さんと、メレ子さんがこれはと思う人にあげて欲しいッス」
メ「う…うう…変態バッタ博士のくせにファインプレーしやがって…(ちょっと泣きそう)」
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急きょ入り口に金具を打ち、昆大校章をかざりました。輝いてる…昆大校門が輝いてるよ!赤門に対抗して「虫門」って言ってもいいくらいになったよ!
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そうこうしている内に、あっというまに開場の12時。来場者数の予想はまったく立っておらず、「二日間で200人〜500人ですかね…」と、「犯人は20代から30代、または40代〜50代」と大差ないコメントをしていた学長でした。12時ちょうどには誰も来ず焦ったが、一般受付とエレベータの待ち時間があったようで、やがて昆大受付はうれしいてんてこ舞いに!
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わずかな時間もなおフェルトで幼虫を刺し続けるのそ子さん。
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それでは、キャンパスの様子をひとわたりご紹介しましょう。
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まず校門をくぐって右手にあるのが、九大総合研究博物館で丸山宗利先生が企画された「アリの巣の生きもの」展のパネル出張展示。アリと深くかかわって生きる好蟻性(こうぎせい)昆虫は、まだ図鑑や本にもほとんど載っていない分野です。腹部からアリを陶然とさせる液を分泌し、鋭くとがった口吻を突き刺して体液を吸うフサヒゲサシガメ、アリがカイガラムシの分泌液のみを唯一の食糧として、ものすごく大事に養って暮らすミツバアリとアリノタカラ(リンク先は小松貴さんのブログ・「3月紀」)など、ドラマチックすぎる生きものの世界が広がります。
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写真があまりにも美しく克明なので、見る者に苦労を感じさせませんが、ものすごく高度な観察力と技術の結晶です。アクリルの標本箱に入った実物のケシ粒サイズに、来場者からも驚きの声が上がっていました。
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この写真を撮影したのが、本日「まもる・だます・たべる〜アリとアリの巣の生きものの不思議な関係」と題して特別講義をしてくださる、信州大学の好蟻性昆虫研究者にして写真家の小松貴さんです。ギュンギュンくる紹介文、いったい何が起こるのか。つのる不安。
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ものすごく多様な形で知られるツノゼミの美しいパネルも並んでいます。こちらは丸山先生の撮影されたものかと。2日目には、丸山先生にツノゼミの講演をしていただくのです。
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ツノゼミ標本もかっこいい。大きいものでも1センチいくかいかないかくらい。


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そして、アリの巣展示の横にはもうひとりのアリの巣の巨匠がいたのだった。そう、AntRoomの島田拓さんです!
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島田さんが作ったクロオオアリの巣。女王アリの寿命は10〜20年というからびっくりですが、さらにこの中には、リアルに生きている好蟻性昆虫がいるんです。
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クロオオアリ1「ほれクロやん、甘露出しや」
クロシジミ「おなかが空いてもう一滴も出ませんわ。カラッカラですわ。カラッカラ!カラッカラ!」
クロオオアリ2「あーはいはい。ちょっと待ちんさい」
こんな場面が肉眼で拝めるなんて…島田さんはなんてすごい人なんだろう。このイベントのために温度などの条件を調節して、クロシジミを育てる場面が見られるように時期をずらしてくださっているんです。
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初心者でも育てやすいように開発されたアリ飼育設備「蟻マシーン」も販売されています。エサを置く部屋が連結されてたり、アリが順調に育ってコロニーの規模が大きくなったら蟻マシーンをさらに連結することもできるんだね。すごく欲しいけど…ワイは島田さんから買った虫を育てられなかった前科持ちやから、もっと飼育の腕を上げてから挑戦します…。
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沖縄や東南アジアなど、広く集めた珍しいアリや
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ナメクジ、タランチュラ、ムカデなどもいました。ナメクジのカップに貼ってあったラベルには「可愛いナメクジ」と印字されていて、可愛い以外の感想はありえない!という気迫が感じられてすごくよかった。この巨大ゴキブリの親子は、孵化してしばらく子は親の翅の下にかくまわれているらしい。かわいすぎる。


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石川県ふれあい昆虫館の福富さんと大宮さんは、日本最大級のチョウ・オオゴマダラを連れて上京してくれました。
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ド派手な幼虫ッ。食草のホウライカガミが含む毒を体内に蓄積しているので、こんな体色で警戒を促しています。
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そして大きな成虫ッ。ハタハタとうるさいほどの羽音で飛びます。
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で、これが金色のサナギ!何度見ても、この神々しさに手をあわせてしまいそうになります。この土曜日はあいにくのお天気。凍えそうな雨が降っていたので、初日の展示時間中はゴマたちもサナギから出てこれず…そう、展示時間中は!


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金色のサナギたちがスタンバイしている横には、ごぞんじ校章デザインのひよこまめ雑貨店さんのブース。消しゴムはんこツノゼミブックカバーなど、よだれで脱水症状になりそうな商品が並びます。
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キアゲハやカイコ幼虫などのリアルでかわいいはんこたち。コノハムシの大きなハンコ(一日一個限定)は両日瞬殺だったようです。これが千円ってどうかしてるよ…競争相手いないのにダンピング価格じゃないか!
ひよこまめさんの旦那さんであるいそはえとりさんはお仕事でご来場になれず、義理のお姉さんがお手伝いに来てくださいました。なんとお義姉さんは虫が苦手だそう!虫グッズ系作家さんがたくさんいるのに、よりによって生が売りのオオゴマちゃんの横にしてしまった…すみませんすみません…。


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個人的にニュースレターなどでお世話になっている日本チョウ類保全協会さんは、保全活動に関するパネル展示やフィールドガイド 日本のチョウ: 日本産全種がフィールド写真で検索可能販売などのほか、こんな心にくい展示も。色とりどりのスカシジャノメ、かわいいなあ…と思いきや、実はひとつを除いて模様をペイントしたものだとか。本物はどれだー!(けっきょく教えてもらっていない)
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ミモザについたキチョウのサナギやアゲハチョウの幼虫も、会員の方がお持ちになったもの。アゲちゃんは翌朝脱走をはかったり他ブースと奇跡のコラボをしたりと、イモムシのうちから八面六臂の大活躍をしていました。


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そして、奥の壁を守るのは奥村巴菜さんの陶作品「ソウゾウムシ」。名前のとおり、想像により創造されたゾウムシの5兄弟です。
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うーん、どれもこれも本当にいてもおかしくないリアリティとかわいらしさ!想像をたくみに盛りこんでいるとはいえ、ゾウムシの身体の構造を観察しつくした上で作られているのがわかります。台座に鏡が使われているのも腹部の構造までよくわかるしかっこいい。この作品のおかげで、昆虫大学キャンパスがすごく華やかになりました。
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ゾウムシの向こうでお話されているのが陶作家の奥村巴菜さんご本人。たった二日間の展示のために、こんなに繊細で大きな作品を搬入・搬出していただき、ほんとにありがとうございました(と、ゾウムシの向こうから感謝の念波を送る)


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昆大美術学部といえばこちらも忘れてはいけません、川島逸郎さんの生物画コーナーです。
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キアシブトコバチのお顔。
展示のご相談をしているとき、川島さんに「生物画をその場で描いてみていただくのはどうでしょう?どうやってこんなすごい絵ができるのか想像もつかないし…」とご提案してみたところ「うーん、ひたすらペンで点を打っているだけになってしまうので、どちらにしても何をしているかぜんぜん伝わらないかもしれません…」とのことで、上の画像のように途中経過の写真をパネルにしていただいたのである。同じメーカーの同じ品番のペンでも、ペン先の感じがちょっと違うだけでもう使えない、という世界らしい。いつも描きはじめは不安になるくらい過酷なのだそうです。


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特別にキャッチーな虫たちを集めた、楽しすぎる標本箱。南米のウスバカミキリ、最高にかっこいい…。
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こちらは「展翅屋工房」の政所名積さんの作品です。
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「標本っていうのは死後硬直していますから、そのまま針を刺してもきれいにはなりません。強張った筋肉をほぐしてやらないといけないんです。普通は腱を刃物で切っちゃうんですけど、僕はピンセットで挟んでギュッと押してマッサージするようにしています。虫の種類、大きさ、保存状態に応じて力のかけ具合が決まっていて、ちょっと誤ると全部バラバラになっちゃうんで、こんなやり方は僕しかしていないんじゃないかな…」
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翅脈を虫ピンで引っ掛けて上げてやる。こうすると上翅が上がってより立派になるそうですが、見てるだけで息を止めてしまいます。
インセクトフェアでスカウトした政所さんは、標本作成業・博物館等への卸をされています。作成の実演には常に人だかりができていました。わたしも含めて標本を作ったことがない人が観客の大半で、標本作成工程に驚嘆していたんですが、政所さんは政所さんで「虫のイベントなのに、こんなにたくさんの標本を作ったことない人たちが…!」と驚いていた。アフリカに行ったセールスマンが「この国はまだ誰もクツをはいてないんですよー!」というくらいのテンションで、未開拓市場に思いを馳せておられました。


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今回3卓も出展していただいた、むし社さんのブースです。
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ずらりと並んだ「月刊むし」バックナンバー。「月刊むし」はものすごくハイレベルな雑誌で、日本の虫愛好家レベルの高さに気が遠くなります。カバー写真も毎回美しいし、エッセイ的な文章からは虫屋同士の交流やいい意味での大人げなさも垣間見えることもあって楽しい。
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このイベントがガチな虫屋密度はあまり高くないだろうことは承知の上で、豪華な図鑑シリーズも持ってきてくださってうれしい。とはいえ、フタを開けてみると虫の研究者や写真家、愛好家の方もけっこう来てくださったようですが。
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樹脂キーホルダーも充実!バイオリンムシに興奮して買ってしまいました。


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受付したりなんだりで超バタバタ…出展者もスタッフも、ろくにお昼ごはんも食べずにがんばっております、というか食べられた人どれだけいたのだろうか…気を回せなくてすみません…ちなみに会場スタッフはほぼ身内!と、インターネットのお知り合い!です。

魔法使いが魅せる!めくるめく好蟻性昆虫の世界

そしてあっという間に14時からの特別講義「まもる・だます・たべる〜アリとアリの巣の生きものの不思議な関係」の時間がやってきた!
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冒頭で講師紹介するメレ山。この講演タイトルとまったく関係ないスタンバイ画面はなんなのか。
4Fの講義室でガビンさんに音響機材の調整をしてもらいながら、講師の小松貴さんがうしろの小部屋に引っこんでしまいなかなか出てこない。「小松さん、パソコンをつなぎたいんですけども〜…」とおそるおそるのぞくと…
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「!!!!!」
近年魔法使いの格好でお話をされることが多い(多い?)という小松さん。この日のために黒魔術の衣装も新調してくださいました。
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(お帽子はお話中はじゃまだったみたいで黒マント姿に)突如あらわれた魔法使いにどよめく会場。しかしとっぴな出で立ちや
「信州のクソ山奥で普段はまったく言葉を発しない生活をしていますが、今日は電車やバスや大きな虫の背中などいろんなものに乗ってやってきました」
というかなり斬新な自己紹介とは裏腹に、好蟻性昆虫についてはとても丁寧でまじめなお話ぶりでした。
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みずからデザインされた好蟻性昆虫擬人化・アリの巣美少女萌えキャラたちも、この日にあわせて増員!
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分厚い肉布団のような装甲をつけてアリの巣にもぐりこみ、成虫に気づかれずにサナギや幼虫をむさぼる恐怖のチョウ・アリノスシジミを紹介。「これはいわゆる早弁…!先公に見つからないように腕でかこって弁当をかっこむのと同じです」という異様にわかりやすい解説。ときには「この好蟻性昆虫たちの共通点を3つ言えたら、もうどこかの大学で教授になれるレベルですよ。どうですか?」「このアリグモとアリの写真、どっちがどっちかわかりますか?」と観客に質問も投げかけ、退屈させません。
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終盤、小松さんは「いろんな生きものがあの手この手でアリを騙しているように見えるが、実はそうではなくて、アリがいろんな生きものの生態を変えてしまっているといえるのでは?」と熱く壮大な見解を示してくれました。ものすごくエキサイティングなお話、ありがとうございました!
60席つくったけど、立ち見いれると100人近くいたのでは。この会場、実はTRANS ARTS TOKYO中ニコニコ学会βさんが使っていたのを、ご厚意により貸していただいたのです。開催数日前にツイッターで「講演のときに会場内に席を作るのが大変…別の部屋があればもっとたくさんの人に聞いてもらえるんだけどなー」と言っていたら、ニコニコ学会実行委員会長で産業技術総合研究所の江渡浩一郎さんが

えええええー!当初事前予約は30名アンド立ち見で受け付けていたのが、当日来場者にも広く呼びかけて聴講してもらえたのでした。ちなみに江渡さんには、準備期間中に一度エレベーター内でお目にかかって名刺交換したことしかない…なんて男前な申し出なんだ〜!本当にありがとうございます。▲演奏者(ダンゴ虫)の提供を呼びかける宮下さん
講演会場では、その後すぐにバトンタッチでニコニコ学会βの研究発表会が行われていました。明治大学の宮下芳明さんが、昆虫大学勝手連動企画と称し、ダンゴ虫の動きを認識して音に変えるシステム「Dangomusic」を奏でていたそう!(見たかった…)それを見た人が「これ、いろんな虫でやってみたいよねー!Antroom島田さんの力を借りればオーケストラになるのでは?」と言い出すなど、異常に広がりのある顛末となりました。
意外な形で協力いただいたニコニコ学会βさんとは、4月末のニコニコ超会議でも何かが起こりそうな気配…また詳しく告知します!

その2につづく
その3につづく

*1:実際、11月25(日)のTAT閉幕をもって、1〜2週間後には解体工事がはじまることになっています

*2:昆虫大学のためだけに帰国されたわけではなく、博士のボスが国際シンポジウムでお話されるのにあわせての帰国です。参考:http://d.hatena.ne.jp/otokomaeno/20121125/1353811918