沙東すず

以前はメレ山メレ子という名前で「メレンゲが腐るほど恋したい」というブログを書いていました

「博物館の標本工房」@神奈川県博で、標本に惚れこんだ人々の熱いトークを聴く

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博物館にあるものといえば、まず思い浮かべるのが動物の骨や剥製、ピンで留められた昆虫標本。しかしその標本がどこから来てどうやって作られているのか、何の役に立つのかについては知らないことばかり。そんな気になる博物館の裏側を凝視できる企画展示「博物館の標本工房 Atelierum specimum animalum in museo」に行ってきました。
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標本工房が開催されているのは、神奈川県立生命の星・地球博物館。神奈川県博とか地球博とか呼んでいますが、略称というか愛称はあるのだろうか。夏の大トンボ展に続き、来るのは3回目です。箱根の一歩手前なので都内からでもすごい旅行感があり、魅力的な終点名をかかげた特急もたくさん見られるので、いつも博物館に行ったその足で逃避行したくなる難儀な立地です。

標本の奥深い世界

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いつ来てもこのエントランスは楽しくなっちゃうな〜
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特別展示室の前には、ゆっくり回転しているタヌキの頭骨。みんな神奈川県内で採取されたタヌキのようですが、環境や個体差によって大きさや形が違います。
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ズイっと展示室に入ると、ボンゴやガウルやソマリノロバといった大型哺乳類たちがお出迎え!!
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神奈川県の動物園で死んで献体されたものが多いようです。同じ個体からとれた剥製と頭骨が並んでいます。剥製と骨格標本を同じ個体からそれぞれ作製することを「相取り標本」といい、高い技術が必要らしい。上野の国立科学博物館の「大地を駆ける生命」フロアも大好きなのですが、やはり大型動物の状態のいい標本を見るとすごくホァーッとなる!このマレーバクの足つきのかわいさよ…
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ビクーニャ
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そんな目で見ないで〜


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大型哺乳動物の裏にはアジアゾウの骨格。小田原城公園で飼育されていた「ウメ子」の骨です。

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小田原城のゾウといえばこれだ!川原泉先生お得意のぼんやりしたお嬢さんと、キリッとした青年がゾウの前で出会うのである。このマンガでわたしの脳裏には「小田原城にはゾウがいる」という事実が刷り込まれました。
ウメ子は戦後まもない1950年に、小田原市の子ども文化博覧会にあわせてタイから招かれ、絶大な人気者となってそのまま小田原城址で飼われることに。2009年、推定62歳で亡くなりました。このような大型動物を骨格標本にするときは、土に埋めて肉を微生物に分解させます。ウメ子も2年間埋められていたそうです。
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肩の継ぎ目の仕組みがわかるように、肩の骨は上に配置する心づかい。ちなみにゾウが出てくる最近の少女漫画といえば、「本屋の森のあかり」の磯谷友紀さんが「アイラーヴァタの象つかい」という前後編の読み切りを書いてました。ゾウ好き女性研究員とゾウの飼育員の話で、 ゾウの研究の話や飼育員との事故についても触れられている。単行本に収録されるといいな〜
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標本というとどうしても先刻のリッパな剥製や、組みあがった骨格標本を思い浮かべてしまいます。しかし展示用のこういう標本というのは、場所をとって仕方ないことは容易に想像がつく。じゃあ展示に使わない標本は不要かというとまったくそうではなくて、このようにコンパクトな形でラベリングして保管され、標識調査や個体の変異や進化など、動物に関するあらゆる研究をする人にとって貴重な資料となります。


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皮と骨だけでなく、巣や
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DNAを調べるための組織、胃内容、ダニや寄生虫も標本になります。キツネはなんでこんなに輪ゴム食べてるの…。
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親子連れなどにヒーッて言われていたのがこちらの乾燥中エリアになります。
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獣の皮はボール紙に固定、鳥は羽毛が乱れないよう垂木にさして乾燥。
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楽しすぎる頭骨階段。
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透明標本もあった!

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透明標本は美麗な写真集も出ていて、鑑賞寄りの文脈で語られることも多いですね。雛鳥や魚などの、小型で骨が軟らかく骨格標本づくりが難しいものに向いています。硬骨と軟骨を別色の液体で染色し、ボデーを透明にすることで骨格が観察しやすくなります。


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こちらは博物館の裏側、標本づくりをする人のスペースを再現しています。
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標本を研究者に提供することは、博物館の大事な仕事のひとつ。ただ標本をこさえればいいというものではなく、すぐ参照できるようにデータベース化しなければなりません。これは大変そうだ…。
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カブトムシを分解した展示。昆虫にとっての骨にあたる外骨格、あらためて見るとこんなに細かい部品で動いてるんだ!実はこちら、去年やったイベント昆虫大学で昆虫の標本画を展示してくださった川島逸郎さんが制作されたものだそう。前に「ガラスケースが(夢中になった子供たちの手脂で)ベタベタになるのが無上の喜びです」とおっしゃっていた川島さんらしい、精緻で驚きのつまった標本箱です。
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ぺちゃんこネズ公たち。これで体色の変異などを調べるのかな。
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そしてクジラの骨格もー!こんなのに浜でぶちあたったら、腐敗臭に鼻をつまみつつ喜びの舞を舞ってしまうことでしょう。富山市科学博物館からきた5メートルのオウギハクジラ骨格は、特別講座で参加者による組み立てをやっていてうらやましさ致死量でした…しかし、本講座は中学生以下対象だった。若さが憎い…


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いろいろな標本が見られて大満足。特別展示室が少々狭く感じられるほど充実した展示でした。

標本に憑かれた人たちの話を聞く

実はここからが今日の本命。この日(1月27日(日))は、博物館で標本にかかわる達人たち」と題し、標本のプロたちを集めた講演会が行われたのです。講演者および演題は以下のとおり。

  • 「標本に埋もれて死にたい」

 遠藤 秀紀 氏(作家・東京大学総合研究博物館教授)

  • 「市民が育てる博物館−標本づくりでひろがるネットワーク−」

 西澤 真樹子 氏(なにわホネホネ団 団長)

  • 「博物館でモノづくり−標本士のお仕事−」

 相川 稔 氏(標本士)

  • 「標本工房でやっていること−生態屋がつくる鳥類標本−」

 加藤 ゆき(当博物館 鳥類担当学芸員

いずれも標本にちょっと興味を持てば避けて通れない人たちです。個別の講演などを聴く機会はあっても、これだけのメンバーが一堂に介する機会は今後そう訪れないので、これ以降を読むみなさんの奥歯が歯ぎしりでとんでもないことにならないか心配です。当初は聴講70名先着とアナウンスされていたので「開館するやいなや並ばないといけないのでは…」と思っていましたが、各所から問い合わせが殺到したらしく300名入れる部屋に変更されてひと安心。入場整理の列は、いっとき3階にまで及びました。そういや展示室にも、本気のカメラを抱えた目つきの鋭い人が多めだったよ…。
講演のある部屋の前で、サイエンス旅行記ブログcloud9scienceのゆうくぼさんと落ち合い、いっしょに聴講することに。実はこのときの雑談がきっかけで翌週のアクアマリンふくしまブロガー合宿にも同行することになるのですが、それはまた別のお話。

「標本に埋もれて死にたい」遠藤秀紀さん(作家・東京大学総合研究博物館教授)

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行く前から講演タイトルのクレイジーさに注目していたのですが…トップバッターからものすごい怪しい者出てきた!!!!!(会場にみなぎる期待)遺体学者の遠藤さん*1です。
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パリ自然史博物館やハンガリー農業博物館の狩猟展示の画像。パリにすべての動物を集めて「ノアの箱舟」を作る夢を抱いた博物学者ジョルジュ・キュヴィエと、とにかく大きな獲物を求めたハンガリーの猟師たちを例に、「集める」ことについて語る。博物館にとっては、「とにかく集める」「分け隔てせずに集める」ことがすごく重要らしいです。とにかく熱が伝わる語りぶりです。そして出てくる解剖中の写真。ラッコの腹に手を入れてキメ顔の遠藤さん、鼻をはずしたゾウの横で笑顔の遠藤さんなど、いちいち遺体とツーショットで登場。
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アリクイの下顎は上下ではなく左右に開閉して、これで舌を操って効率的にアリを吸引するらしい。日々動物の遺体と向き合って動物の体の謎を解明する毎日は、ものすごくエキサイティングに違いない!

「市民が育てる博物館−標本づくりでひろがるネットワーク−」西澤真樹子さん(なにわホネホネ団 団長)

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そして遠藤さんに劣らずトークが熱い、なにわホネホネ団団長の西澤さん。

なにわホネホネ団 公式ウェブサイト
なにわホネホネ団は、大阪市立自然史博物館を拠点に活動している骨格標本作成サークルです。

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西澤さんはとにかく生き物が好きすぎて、博物館で仕事がしたい!と、大阪市自然史博物館にアルバイトとして入館。最初はエクセルへのデータ入力を担当するも、これはあまり好きな作業ではなかったそうです。
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そのうち、博物館の冷凍庫には標本待ちの動物の死体が大量に凍りついて「氷河」が形成されていることを知ります。持ちこまれた死体を処理し、標本にしてデータベースに登録し、必要とする人に提供することは博物館の重要な役割ですが、どの博物館でも学芸員は研究調査や企画展示やその他雑用に忙殺されまくっているのが現状。標本の処理はなかなか追いつかない…そこで自ら「標本づくりやりたいです!」と手を挙げ、氷河の解凍に着手したのがすべてのはじまりだったそう。
最初はたった3人で業務終了後などにひっそり活動していました。標本を見た小学生が「自分もやってみたい」と言い出したのをきっかけに、一般の入団を受け入れるようになり、「ホネホネたんけんたい」「ホネホネサミット」などの展示も大好評。現在団員数は240名を超えています*2
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これ、すごくいい絵だワ…年齢関係なく、うまい人がえらい!
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ホネホネ団を運営していく上で気をつけていることについてのお話も、細やかかつおおらかに捉えているのがわかってすごくよかった。ホネホネ団の活動風景って、動物の遺体と向き合うにあたって真面目ではあるものの、神妙さを要求される感じが全然なくて、作業しながら大声で別の生き物の話とかしててすごくいい雰囲気だったんだよね〜。「だった」っていうのは、実はわたし、この講演会の前の週に大阪に行って入団試験を受けてきたのです。ちなみにホネホネ団の入団試験は、タヌキ(またはタヌキ大の動物)の皮むきを、教えてもらいつつも一人で全部やること。わたしが剥いたのはアライグマでした。まだ入団したばかりのヒヨッ子なので、いずれブログでも活動内容を伝えられたらいいなと思います。

「博物館でモノづくり−標本士のお仕事−」相川稔さん(標本士)

休憩を挟んで、前半とは一転、とても控えめな話しぶり(しかし主張は熱い)の相川さん。「僕の予想では前半が終わったら、(聴講者の)みなさんいなくなってる予定だったんですが…、あ、もちろん僕の後の加藤さんのお話は面白いですけど…」「刺激的な画像はまずいかなって思ったんですけど、前のおふたりがバンバン出されてましたね…」とすごくやりにくそうなご様子。しかし盛口満さんと安田守さんの共著「骨の学校」を読んだことがある人なら、ウヒョーってならざるを得ない!最前列のゆうくぼさんとわたしは終始ワクワクテカテカしていました。

骨の学校―ぼくらの骨格標本のつくり方
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埼玉県飯能(はんのう)の「自由の森学園」で、当時生物部の先生をしていたお二人が、生徒と骨の世界にのめりこむ様子が描かれています。そこにミノルという名前の、標本づくりにすごい才能を見せる生徒が出てくる。生物部の部室でフライドチキンから鶏一羽の骨格を組み上げたり、長期休暇にはヒッチハイクして長崎の五島列島からクジラの骨を大量に学校宛に送りつけてきたりするんですね。
そして卒業後、ミノルさんはドイツ・ボーフムに標本士の養成学校があることを知って留学。3年間の課程を終えたあとは、ヘッセン州ヴィースバーデン博物館への勤務を経て、帰国後は日本で唯一の標本士として活躍されています。わたしは別の博物館の学芸員さんから相川さんのお名前だけは聞いたことがあって、それで「骨の学校」を読んでいたらミノルさんが出てきてうおおおお!となった勢いでホネホネ団に入団申し込みをしてしまったので、相川さんの講演がもう楽しみで楽しみで。ゲッチョ先生の本は全部読んでいるというゆうくぼさんもウヒョーってなってる。
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熱視線を送られる相川さん「これがタヌキの毛皮ですね。すでに展示をごらんになってたらどうってこともないんですけど、こんな感じで…卒塔婆みたいですね…」
ほかにも「みなさん、標本づくりっていうとなんか暗いっていうかフヒヒって言いながらやってそうな感じというか、バイオハザードみたいなグロい感じを思い浮かべるかもしれないんですが…まあ僕はやったことないんですけど、バイオハザード…」などの名言連発で、わたしとゆうくぼさんは「もうダメだ、面白すぎる…」とつぶやきながら震えてました。
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クジラを砂に埋めて骨だけにした後の掘り出し風景。
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鳥の仮剥製(台座がついていない、展示を目的としない標本)を作成中。「標本の目的って展示がメインではないので、僕は仮剥製っていう呼び方には違和感があります。ぜんぜん仮じゃないのに…」控えめな調子ながら怒気を感じます。
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日本では標本づくりも学芸員の仕事に含まれていて、標本という「もの」=博物館の存在意義そのものなのに!と、リソースが十分割かれていない現状にも疑問を持っておられる様子でした。たしかにわたしが知る限りでも、学芸員さんってそういうこともやるの?って仕事がめちゃくちゃ多そうでものすごく忙しそうなんだよね…そりゃ冷凍庫に氷河が形成されるよね…。
実はホネホネ団団長の西澤さんも自由の森学園出身で、相川さんとは同窓生。つくづくすごい学校である。

「標本工房でやっていること−生態屋がつくる鳥類標本−」加藤ゆきさん(神奈川県立生命の星・地球博物館 鳥類担当学芸員

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最後は、この標本工房の企画展示リーダーである鳥類担当学芸員の加藤さん。
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一口に鳥類標本といっても、これだけの種類が。
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標本のやってくるタイミングは選べない、というお話。この日は標本作製実習を行っていたところ、いきなりクジラの死体が上がったとの一報を受けて急遽クジラの標本作製実習に。二往復したバンがとんでもないにおいになったらしい。でも、そんなアクシデントを一度は経験してみたい…。
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本剥製(相川さんのお話を聞いたあとでは、もはや違和感のある言い方ですが)では、生きているところの特徴をとらえたポージングも重要。よそで聞いた話では、相川さんの技術はこれがすごくてもはや芸術の域らしい。詰め物の入れ方ひとつとっても、ものすごく生き生きした表情になるらしいです。
博物館の裏側が見せ方の工夫ですごく華やかな展示になることを端的に示した、また美術的な美しさも印象に残る展示でした。いいものを見せてもらってありがとうございました!と言いたい。


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講演後の質疑応答では「学校などでこういう活動をしてみたいんですが都心だとなかなか…においとかの苦情はありませんか?」という質問に対し、関係者がみなさん「くさいっていうかにおいは当然ありますけど、それがくさいっていうのか…、まあくさくてもいいじゃんね〜」的な反応をされていたのも印象的でした。
あと、複数の方が「もの(標本)を、とにかく(選ばずに)集めなければならない」という表現をされていました。標本に関わる人たちはとにかくできるだけ多くの標本を集めて、できるだけいい状態で保存する。そして必要とするすべての人(まだ見たことのない動物に感嘆する小学生かもしれないし、タヌキの皮膚病を調べている人かもしれないし、ゲノムを解読している研究者かもしれない)に提供して、数年後〜数百年後の知に貢献したいという熱意を感じました。あととにかく生き物が好きだ!生き物の体のことがわかる標本づくりは気持ち悪くなんかなくてすごく楽しいんだ!という感じも全員にみなぎっていて、あっという間の講演会だった!
講演内容は特に思い出しながら書いたので、ニュアンスも含めていろいろ間違っているところもあるかもしれません…。ご指摘いただけると幸いです。
「標本工房」の企画展示は2月24日(日)まで行われています。三連休の前に記事を上げられなかったのが心残りですが、可能ならぜひ足を運んでみてください。


標本工房 - a set on flickr

*1:ご著書を読むかぎり、「先生」と呼ばれるのははげしくお嫌な模様…

*2:団員の数=入団試験をパスした人の数であり、活動への参加ノルマなども一切ないのが大きな特色のひとつかもしれません