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メレンゲが腐るほど恋したい

旅行記や生きものの話を写真多めの長大な記事で送ります

珊瑚石のお墓

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「島の死生観が感じられる場所です」と、自転車を借りたときにもらったパンフレットに書いてあったので、日が落ちる前に行っておこうとペダルを踏んだ。なかば義務感だった。
この島に来る船で飲んだ酔い止めで逆に体調を崩し、着くなり半日寝こんでしまってからというもの、なにもかも調子がおかしい。日本最西端、本当のさいはての島は奇岩奇勝で知られているが、それはつまり日本にはじめてたどり着く黒潮がどこまでも荒く打ち寄せ、人頭税の負担から逃れるために妊婦を飛ばせたという断崖絶壁が高くそびえる、とても厳しい土地だった。前にいた島の夕暮れの湾の長閑さ、潮の退いた砂地にしゃがんで息を殺して感じたシオマネキやハゼやガザミの無数の気配がとても懐かしく感じられた。
帰りの船はあとふたつ寝ないと来ないが、まだ民宿には戻りたくない。布団は毎日律儀に三つ畳みに直されているが、特にシーツを替えているわけではない。それはいいとして、あのガラスコップをかぶせた水差しの中身は交換しているのだろうか。テレビ台の中に置き去られた2年前の週刊少年ジャンプが古い紙のにおいを放っていた。たいしてきれい好きでもないくせに、神経のエナメル被覆が剥けて猜疑心が常にやすられている。こんなときは何をやったってだめだ。
墓地はとてつもなく広かった。なかば雑草に埋もれかけたおそろしく大きな亀甲墓の横にヤギがつながれていたり、コンクリートでできていたり、白く塗られたゆるやかな庇がついていたり、斜面とほとんど同化していたり、はたまた内地で見るような普通のお墓に似ていたり、いろいろだ。中でもサンゴ石の石組みがほとんど風化して、潮風にもよく耐えそうな黄色い花をあちこちにつけている古いお墓が気に入った。もしこの中で選べるならこういうお墓に入りたい。でも、今こんな仕様で発注したら、横にある新しいお墓よりも余計にお金がかかりそうだし、古色がつくにもずいぶん時間がかかるだろう。
いや、別に入りたくもないかもしれない。どちらかといえばこのサンゴ石のひとつになって、コケやカニや小さなハブにすみかを提供しながらちょっとずつ風雨にさらされてちびていくほうがいい。でもここにはもう石がいっぱいあるから、やはり献体で使えそうなところは使ってもらうのがいいだろうな。死んだあとなら、切り刻まれても大丈夫。やっぱり死んだあとのことを考えると気分が落ち着く。
気がつくと日がだいぶ傾いていて、お墓のど真ん中、死者の王国の中でお化けが寄ってきそうなことを考えているのがいきなり怖くなってきて、わたしは自転車に飛び乗った。死について考えるのはそうでもないが、お化けは怖い。お化けに与えられるかもしれない危害よりも、お化けは死んだあとにも気持ちが残ることを前提にしているから、そんなものを見てしまったら永遠に続く苦痛があることがわかってしまうからすごく怖い。