那覇のビジネスホテルを朝早く出て、モノレールと飛行機と空港バスと船とバスを乗り継いで、ついにわたしは南の島にやって来た。
海の前の民宿に荷物をおいて、カメラを持って外に出る。バスに乗ってきた道路のまわりに、さらに別の集落と行き来するための小さな港、いささか大きな小中学校、一軒の商店といくつかの民家と民宿があるだけで、道路の先はマングローブが茂る河口を前に消えている。昼下がりの道には人通りもほとんどなく、南国の草花がぼうぼうと伸びていた。
港のそばの空き地につながれたヤギが、必死に草を食べようと首を伸ばしている。よく見るとヤギは、つながれた植え込みを何周もしてロープのレンジをみずから狭めており、すでに手の施しようのないがんじがらめぶりだった。
民家の塀から月桃(ゲットウ)の花がのぞいているのを見つけた。ちまきのように硬く閉じた葉の先から、先が紅く色づいた白いつぼみの房が出てきて、やがてひとつひとつがじょうご型に開き、赤と黄のだんだら模様の唇弁をのぞかせる。近づいていくと、小さな庭に人がいるのが目に入った。
男の人が二人がかりで、木の机に乗せた大きな黒いプードルを泡を立てて洗っている。プードルの顔はこちらからは見えないが、おとなしく四つ足を踏ん張っていた。ちょうど庭先に収まるくらいの音量で、縁側に置いたステレオからユニコーンの『すばらしい日々』が流れている。
これはたしかにすばらしい日々だ、そう頻繁にではないけれどたまに行き会うことのある完璧な風景だ。長くは乗っていられない飛び石だけれど、こういうものを集めることで死ぬのを一日先に遅らせることはできる。わたしは心の中でそううなずいて、塀からできるだけ音を立てないように離れて、疲れもすべて忘れてさらに先の集落に行く船に乗るために歩いて行った。