読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

メレンゲが腐るほど恋したい

旅行記や生きものの話を写真多めの長大な記事で送ります

要塞の島で干潮時に現れる軍用道路を歩いた

P4278437
友ヶ島和歌山県と淡路島の間に浮かぶ無人島群です。以前に紹介した大久野島のように旧日本軍の要塞がよく残った島なのですが、「島と島をつなぐ軍用道路を干潮時のみ渡ることができる」という話を聞いて以来、ずっと気になっていました。

友ヶ島上陸

淡路島の近くと聞くと行きやすそうですが、けっこう忍耐と苦労を要します。そもそも和歌山県じたいが陸の孤島と言っていい。さらに加太(かだ)から出ている友ヶ島汽船は、潮が高いとすぐ運行中止してしまうので、旅館*1からの「今日は船出ないんでまたにしてください」というぶっきらぼうな電話を大阪あたりで受けることになってしまうのですね。2回失敗して心が折れかけましたが、3回目でなんとか渡れました。長期休暇に白浜などで遊ぶ代替プランを用意しつつ、天候の様子を見ていくのがいいと思います。
P4278747 P4270187
P4278745 P4279955
南海加太線の加太駅で下車して、加太港まで800メートルの道のりです。加太の住宅街にもちらほら古そうな建物が残ります。
P4278325
天気はよかったけどかなり船は揺れていた。潮の流れが速いところなんだろうなー。他の乗客は釣り目当ての人が多そうです。
P4279970
やっと夢にまで見た友ヶ島の土を踏むことができた。いまだかつて嗅いだことがないような濃い潮のにおい。

第4砲台跡

P8164102
友ヶ島は地ノ島・神島・沖ノ島・虎島からなる群島です。今回上陸した沖ノ島がいちばん大きな島で、西端は虎島に連なっています。干潮のときしか虎島には渡れないので、まず西のほうに歩きだしました*2
P4279984
島内の道路は舗装されていませんが道幅が広く、歩きやすいです。これも明治時代に旧日本軍が整備した道です。
P4279985
山をどうした
P4278364
背後には淡路島が見えます。
P4278371
虎島に渡る前に第4砲台に寄ってみることにしました。これは将校宿舎の廃墟。
P4270004
大久野島猿島等、砲台の遺構といえばこのレンガのドームをよく見かけます。掩蔽部(えんぺいぶ)といって、弾薬や物資を保管したり兵舎として使われたとか。砲身や金属の部分は戦時中に別のものに転用されたり、終戦後の物不足の時代に屑鉄として売られたりして残りにくいみたいです。
P4278396
大阪防備のために淡路島や加太に築かれた砲台のネットワークを由良要塞といったそうです。友ヶ島には計5つの砲台が置かれました。

虎島軍用道路

P4278417
P4270024
虎島が姿をあらわしました。
P4278428
石積みの軍用道路が台風で崩れて、干潮時のみ渡れるようになっています。
P4278435
P4278452
もともと浸食されやすい石なのかなという感じがします。
P4278456
これはエキサイティングだ!「干潮時だけ姿を現す」というキャッチフレーズは観光資源として魅力的すぎるよ…。
P4278460
虎島側はけっこう道路の形が残っている。これはどれだけ工数かかってるのか想像もつかないわ…。
P4278462
P4270109
波打ち際に咲いている黄色い花はイワタイゲキという多年草
P4270088
干潮でできた浅瀬には、
P4270089
P4270090
「アレ?なんか…さっきからだんだん周り狭なってきた気せえへん?」
「気のせいやろ?」
「昨日もこんなんあった気ぃするわ」←クラゲなので昨日も打ち上げられたことを覚えていられない
「うそぉー」
無数のアカクラゲ(有毒)。ちなみに今名前を確認するためにググッたら、軍旗として用いられた旭日旗に模様が似ているため「連隊旗クラゲ」とも呼ばれているとか…。
P4270087
ウミガメではなくミドリガメも打ち上げられている。
P4270086
後から工事した部分もあるのかな?正直ドボク系の知識も軍系の知識もまったくないのでうかつなことは書けません。ただ人間が作ったでっかいものが風雨や草に浸食されているところを見るのが好きなだけなんですよね。文におこすために歴史を調べるのもそれはそれで楽しいけど。
P4270112
虎島は修験道の修行地としても知られているそうで、閼伽井碑が半分埋もれながら建っていました。


画像の容量もアレな感じになってきたので、続きは次回になります。次回のハイライトは「海に洗われる砲台跡」「森の中で出会ったシカ親子」「謎の巨大建築」の三本です!

*1:本土にある旅館が客のあるときだけ別館として営業するらしい

*2:虎島に渡る予定がある場合、潮の時間を調べていくことは必須です。事前にネットで読んだレポでは「胸のあたりまで海水がせまってきて泣きそうになりながら戻りました」というものもありました…