夜更けにアパートのドアをたしたしと叩く音がします。放っておくとがりがりという音に変わってきたので、あわててドアを開けました。廊下を蛍光灯がさむざむしく照らすばかり、と思ったら「メレさんこんばんはあ」足下に黒猫がつるりとすべりこんできます。
「なんだヒジキか」
「朝夜はだいぶ冷え込んでまいりましたでしょ。そこで今日はひとつお願いにあがったんですけどねえ」
「ここで飼えとか新聞取れとか言うんじゃないだろうね。うちはペット禁止だしノンポリだよ。まあ言ってみな」
「メレさんは派手なワイナリーっての、やっておいででしょ?」
「はてなダイアリーね」
「そうそう嘉手納スタンプラリー。そこで『はてなパーカー欲しい!』って叫ぶとパーカーがもらえるって、集会で聞いたんですよう。でもわたし猫だから会長*1がこわくて、メレさんに代わりにいただいてきてほしくて」
「猫がパーカー着るんかい」
「着ませんけどねえ、あったかくて重宝するじゃないですかあごろごろ。LLサイズならごろうちの宿六とごろごろ子供たちとごろみんなごろ入ってご冬ろ越せるでしょごろ。たすかりますごろ」
ごろごろ言いながらこちらの膝を前足でもんできます。こうなったらテコでも動かない。
「わかったわかった。頼んでおいてあげるよ」
「ありがとうございます。では夜分に失礼しましたあ」
猫はしなしなと体をすりつけてから帰っていきました。
朝、寝不足気味で洗濯物を干そうとベランダに出ると、スズメが2羽手すりにとまっています。
「タレ(♂)とシオ(♀)、おはよう」
「おはようメレさん。あのね、僕らお願いがありまして」
「私たちの結婚祝いね、まだ決まってなかったらパーカーでいただけないかしら。小鳥のチロタンからステキなパーカーがもらえるって聞いたものだから」
コウビ上等の鳥畜生が結婚祝いとは図々しい。などと口に出したら洗濯物を毎日フンまみれにされかねません。
「悪いけど猫に頼まれてしまったよ。それにお前らはパーカーなんていらないだろうに」
「いえ、フードだけでいいんです。それだけあれば僕らの愛の巣には充分ですからね」
「巣とYシャツと私、愛するアナタのため、毎日磨いていたいから!はてなパーカー欲しい!」
こちらは洗濯物を人質に取られている身ですから拒否権がありません。
部屋に戻ると、冷蔵庫のかげから遠慮がちに茶色い触角が揺れて「はてなパーカー欲s」みなまで言わせずキンチョールを噴射しました。死ね。氏ねじゃなくて死ね。
「ほんとに困ってるんですよ先生…テントウ虫も『集団越冬にはてなパーカー欲しい!』って言って来るし…ゴキブリなら死ねばいいけど、テントウ虫はなんか無下にできなくって…」診察室で空を見据えながらぶつぶつこぼす女に、医師は笑みで続きを促した。
なぜこの患者が「すべての動物が自分にパーカーをねだってくる」という妄想にとらわれたのかはまだ不明だが、カウンセリングと投薬で根気よく治療していくしかないだろう。
近藤医師は目立たないようにひとつ息をついて、彼女のカルテに
「はてなパーカー欲しい!」
と書きなぐった。