沙東すず

以前はメレ山メレ子という名前で「メレンゲが腐るほど恋したい」というブログを書いていました

ノーダンゴウオの夜磯

2月の大干潮の夜には、ダンゴウオが関東某所の磯にも産卵にやってくる。と聞くたびに胸を躍らせていたが、これまでなかなかチャンスがなかったのだった。
金曜の夕方に集合し、Tさんの運転で磯に向かう。Tさんはダンゴウオ観察の経験者であり、長手袋やエビ網など必要な装備についても惜しみなく教えてくれたあらゆる意味で頼もしすぎる存在。本当は4人で行くはずが急な事情で3人になったのだが、車中ではダンゴウオの生態について教えてもらい、マイナス干潮への期待でおおいに盛り上がる。磯遊びが趣味になると「マイナス干潮」というフレーズに高揚する特異体質になる。秘密結社・マイナス干潮の会のものです。

干潮の一時間前に磯に到着し、ウェーダーに着替えてスポットに向かう。ウェーダーと暖かい帽子をかぶるとほとんど寒さは感じず、歩いているとうっすら汗ばむほど。夜の岩場を歩くわれわれは、月に降り立った宇宙飛行士のようだ。そういえば新月なのになんか足元に安心感があるな、と思ったら、磯友Kのヘッドライトがびっくりするくらい明るく輝いている。


砂浜には冬でもハマダンゴムシ(通称ハマダ)がいる。オカダンゴムシよりひとまわり大きく、目もつぶらでかわいらしい。ここでハマダと戯れていたくなるが、ぐっとこらえて海に踏みこむ。


ライトで照らすと、海藻が美しくそよいでいる。
Tさんによれば「ゆっくり目をこらしながら歩いていくとビー玉くらいの大きさのものが驚いてフワフワと泳ぎ出すので、それをエビ網で優しくすくうといい」とのこと。


風もなく、胴長とあたたかい帽子で武装していればそんなに寒くもなく、これでダンゴウオさえいれば完璧なのだが…
いるのはウバウオばかりである。ウバウオも今回はじめて見る魚だが、なかなか顔がかわいい。ダンゴウオをこの辺で探すときはウバウオ、そしてビクニンが一緒にいることが多いらしい。ビクニンもいるなら見てみたいのだが見つからず。


夜磯では毎回見かけるようになってしまったヒョウモンダコ。正直いってタコは毎回嬉しいのだが、南方系の生きものがよく見られることとダンゴウオがいっこうに見つからないことが「温暖化」というキーワードで繋がってしまうとしたら、かなり複雑。
磯に8人くらいの若者たちがやってきて、磯のローラー作戦みたいになる。近所の学校の水産系の学生らしく、この冬は4回ここに来ているがなんと一度もダンゴウオを見つけられていないとのこと。
いちばん光量の低いヘッドライトをつけた学生さんがKに「そのヘッドライト、高いやつですか?」と質問していた。Kの2500ルーメンのレッドレンザーは、新月の磯に降り立った天照大御神であった。わたしも欲しい。


クモヒトデに寄生している小さな貝。

潮が満ちはじめてからも去りがたく磯を調べつづける我々だったが、結局ダンゴウオは一匹も見つからず。Tさんは「ここまで戦果がないのははじめてです…今年が暖冬なだけならまだしも、ダンゴウオがここに来なくなったとしたら大問題…」と茫然としていたが、わたしはダンゴウオがどれくらいの確度で見られるものかもよくわかっておらず、とりあえずひさしぶりに夜磯に行けて満足だった。すべての生きものは、この目で見るまでは都市伝説。
TさんはわたしとKのふたりを宿の前で降ろして帰路についた。めちゃくちゃお世話になってしまいました。
翌朝は早めに宿を出ていったん家に向かう。このあとは冬の佐渡旅行が待っているのである。磯道具をきれいに洗ってできるだけ水気をとり、スーツケースに入れて出発。