沙東すず

以前はメレ山メレ子という名前で「メレンゲが腐るほど恋したい」というブログを書いていました

日記

新しい家は旧居の1.4倍の広さになったが、まだ半分ほどは段ボールで埋まっているので旧居の0.7倍のスペースで暮らしている。仕事の合間を縫って色見本から塗料を選んで壁や天井を塗装し、吸盤や磁石やねじで様々なものを壁に引っ掛け、脚立や下地センサーや要るんだか要らないんだかよくわからない工具を毎日のようにAmazonで注文し、その間にも新しい収納家具などの大物が届いて、という毎日を過ごしていると、細かい達成感は得られつつも家じゅうに場所と用途が微妙にずれたものが散らばっていき、頭の中もどんどん整理がつかなくなる。
引っ越しを機にクリーニングに出していたエアコンを、業者が取り付けにやって来る。その前に急いで寝室の壁を塗装する必要があると気づき、金曜の夜からビニールクロスを剥がし下地を塗り、マスキングテープとマスカーで養生をして、土曜はまだ暗いうちから起きて壁を塗った。その前に書斎の塗装をやっていたのもあり、そこそこ順調に作業は進み、取り付け業者が来るころには完全に乾いていて迷惑をかけることもなかったのだが、安心したらどっと疲れが出た。日曜の午後、湿った風が部屋を通り抜けるのを感じながら冬物のふとんの上に倒れ伏し、寝室の引き戸を眺めていると、子供のころカブトムシの虫かごにえさをずっと入れていないのを思い出して夜中に飛び起きたときみたいに、不吉な予感が押し寄せてきた。立って引き戸を引くと、きれいなままの壁があらわれた。ポーの『黒猫』のクライマックスみたいだ。

ぽっかり空いている空間をあらためてペンキで塗装するか、それとも前の家で使っていたウィリアム・モリスの壁紙の余りを貼るかをまだ決めかねている。元恋人とのいざこざのタイミングが最悪すぎたため、前の家を引き払う際はほとんど逃げるような気持ちだった。引き戸を引いたときだけ前の家の亡霊が現れるというのは、今の心境には『黒猫』みたいに不吉でほどよく自虐的だ。
家も脳内もあまりにとっちらかって焦りが募るばかりなので、昨日は会社を早めに上がって開梱待ちになっていたお掃除ロボットをセットして走らせ、冬物の布団を夏の薄掛けに替えて、ダイニングテーブルをなんとか天板が見える状態にしてブログを書いた。気分はだいぶすっきりした。後ろと前に同時に全力疾走しているような感じが、終わりも見えずしばらくは続く。

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