沙東すず

以前はメレ山メレ子という名前で「メレンゲが腐るほど恋したい」というブログを書いていました

夢の中の蜘蛛とよく喋るお風呂

朝起きるとひさしぶりの激しい生理痛で、微熱さえありそうな気配だった。土曜で幸いと痛みどめを飲んでむりやり二度寝し、ふたたび目を開けたとき、寝室の壁を数センチの黒い蜘蛛が這っていくのが見えた。

アシダカグモだろうか、と思いながら建具の立桟に突き当たってそのまま身を潜めたはずの蜘蛛を探したがどこにも居らず、夢だったのかと納得する。

寝起きの蜘蛛の夢は二、三度見たことがあり、今までのパターンは天井にいる蜘蛛がすっと糸を引きながら降りてくるのを必死で飛び起きて避けるという、よりアトラクション性の高いものだった。そのあといくら探しても蜘蛛はおらず、ほんとうに蜘蛛が降りてきたとしても、バランスを取るためにあらぬ方向に伸ばした毛の生えた脚などが薄暗いなかであんなにはっきり見えたはずはないのだった。

生物としての蜘蛛はわたしにとっては怖いと同時に惹きつけられる存在なのでそんな夢を見るのだろう。寝起きが最悪なわりにはあまり嫌な気はしなかった。現れ方がずいぶんマイルドになったのは、わたしが別の暗い穴を毎日見つづけて飽きないので蜘蛛も拗ねてしまったのかもしれない。

 

夕方、待ちに待った本棚の搬入があり、二人がかりで設置を行ってくれた。壁一面の本棚としておなじみのマルゲリータである。まあまあ勇気のいるお値段だったが、これで段ボールで埋まったリビングを片付けることができる。棚に本を挿しながらああ面白そうな本だなあ、これも面白そうなのに読んでないなあと感慨を深める。もう読んだ本とまだ読んでない本で買ったばかりの本棚がほとんど埋まってしまうのはお約束で、さらに本の落下防止バーと空間を有効に使うための「本棚の中の棚」を追加注文する。

整理作業で汗をかいたのでお風呂のお湯がたまるのを待ちながら舞城王太郎の『深夜百太郎 出口』を読んでいたら、思ったより怖くてお風呂に入りたい気持ちがかなり減衰する。さらに「お風呂がもうすぐ沸きます」とお風呂のパネルが喋るので、みっともないくらいビクッとしてしまう。新しい家のお風呂はずいぶんよく喋るようになった。清水義範が「喋るな」という小説を書いたのは1988年だそうだから、わたしが5歳のころから家電はいよいよお喋りになっているのだろう。イマジナリー蜘蛛とよく喋るお風呂との生活は今のところ悪くない。