沙東すず

以前はメレ山メレ子という名前で「メレンゲが腐るほど恋したい」というブログを書いていました

深夜タクシーの柿

金曜の夜から土曜の昼にかけて、『奇貨』増刷分の発送作業をする。大量発送にはだいぶ慣れたし、梱包も要領がわかってきた。もう四六判の本を入れるためにB6のOPP袋を買ったりしない(かわりにB5のOPP袋に入れると空気を入れないように2回折る必要があり、そろそろパッケージプラザに行くべきなのだがその時間がない)。

たとえば発送アプリで「注文を選択してQRを生成する」とか、発送後は「注文を選択して発送通知を送信する」などのデジタル単純作業×200冊分がちょこちょこ発生するのが、達成感のない繰り返しとなる。ああ、CSVとかでコピペして取り込みたい…マクロとか使って自動化したい…と思うが、それがしたいならB2クラウドとかの法人・個人事業主向けプランでやるべきなのだ。「年に数回、200冊を一気に発送する」みたいな業態は、個人向けと法人向けの谷間に存在する。B2クラウドとプリンタとラベルシールがあればかなり作業が楽になるだろうけれど、今の頻度では微妙なところ。

とりあえずあとは営業所に持ちこむだけという状態になり、夕方からお友達のお誕生日会に向かう。レストランで開催されているのでどの時間に来て帰ってもいいですよ、という最高なやつ。

オフショルダーのドレスを着て強火のメイクをしたお友達は発光していた。最初は初対面の人ばかりでモジモジしていたが、気を取り直して名刺を配りまわり、SNSでフォローしたりした。途中で共通の友人が来て勢いづく。すっかりリラックスして楽しく駄弁っていたら、夜中の2時になった。お店の関係者の人たちは仕事を切り上げて隣のテーブルでワインを飲んでいたが、そのあともさらに仲間が来て飲み明かすという。最高の店だな…。

すっかり冬の空気の中、わたしはカラオケかネットカフェで始発まで時間をつぶそうと思っていたが、共通の友人が「え、タクシーに乗ろうと思ってた」と調べはじめる。おたがいの家まではどちらもかなり高額になるし、ルートは1ミリもかぶらない。「お金持ちやな〜、ではわたしはここで…」と言うと「自分がタクシーに乗るのにすずやんをネットカフェに行かせるのは…なんか違う気がする!じゃあもうすずやんの住む街までタクシーで行こう、お金はちょっとだけ出してくれればいい!」と説得される。こちとらネットカフェが好きすぎてネットカフェでバイトしていたことがあるくらいなので気にしなくていいのだが、要するにしゃべり足りないらしく、わたしもその気持ちはわかった。

駅前のロータリーにやってきた深夜タクシーに乗りこむと、後部座席につやつやの柿がひとつ転がっていた。

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「柿!柿が乗ってます!」と初老の運転手さんに言うと、「柿?!気づかなかったな〜。よかったらもらってください」と返ってきた。こんなものがあって気づかないことあるんだ。コート姿では暑いくらいなタクシーの中でも、両手でつつんだ柿はひんやり冷たい。パーティーの余韻と眠気で浮かれた我々には、深夜タクシーと柿の取り合わせがなにかの啓示みたいに思えて愉快だった。奇果、柿、奇貨、と語呂合わせが脳裏を転がる。たぬきの忘れ物だろうか。運転手さんも実はたぬきかもしれない、これはたぬきタクシーだ。

タクシーには一時間くらい乗っていた。深夜タクシーから見る夜の街は、雨宮まみさんが書いた「東京」そのものに見え、自然と雨宮さんの本や、そんなに多くはない思い出について話した。

たぬきタクシーはそのまま高尾山に向かったりとかはなくすんなり我が家に到着し、友人は棺桶部屋で仮眠してから帰っていった。

わたしも二度寝して目覚めると、ツイッターに投稿した柿に「横の人は…?」とリプライがついていたのでブロックした。たまにごはんの写真などに「一人じゃないんですね」とドヤ顔で指摘してくる人がいるが、あれはまあまあ不愉快なものだ。わたしに「タクシーの柿おもしれ〜」と盛り上がれる友人がいたらいかんのか?

営業所に行って発送作業をするが、ブラックフライデーとお歳暮と東名の道路工事などの影響で遅配が発生しており、忙しない雰囲気。前回の大量発送でスタッフさんたちにお世話になり、今回は「あ、マンドラゴラの人だ!」と言われてさらに手際よく処理してくれたのでさらに「好き…」となる。そこにやってきて「午前指定した荷物がまだ届かない」「◯日に届かないと意味がない、どうにかならないのか」と窓口で無駄に粘って仕事を増やす人たちには内心辟易する。

夕ごはんを食べて家に帰り、三度寝してから起き上がって家事をする。夜更けにあの柿を食べてみたが、まだ硬くてあまり甘くなかった。