会社員は多拠点生活の夢を見る

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はじめに

 「住みたい街」というテーマでブログを書いてほしい、と依頼をいただきました。
 まず、これまで住んできた街を振り返ってみます。わたしは大分県の別府市で生まれ、大学進学を機に東京で生活をはじめました。京都に少し住んだこともありますが、最終的に東京で就職。何度か引っ越しを重ね、東京近郊で暮らした総年数が大分で暮らした年数に迫りつつある頃、中国への出向に応募し、上海駐在となって2年強が経ちます。
 とはいえ出向なので、数年で東京に戻る予定。出向前に買ったマンションにも愛着があるので賃貸にも出さず、現在は一時帰国のときの飲み会などで活用している、という状況です。

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通称「メレヤマンション」。手前に写っているのは、ガーナで作った自分のための装飾棺桶。家や棺桶づくりの経緯は、著書『メメントモリ・ジャーニー』(亜紀書房)をお読みください……

 すごい勢いで都市化が進む上海は面白く、移動や買い物が順調にスマートにできるようになったり、お気に入りのレストランや雑貨屋を見つけたり、知らない場所になじんでいくプロセス自体は楽しめるようになった気がします。ただ「住みたい街」とはちょっと違います(たとえば中国なら、路上にローカルな賑わいのある四川省成都市や、少数民族の文化や珍しい生きものを目にできそうな雲南省のほうが好み)。
 海外・国内問わず旅行が好きなのですが、最近までどんなにきれいなところに行っても「ここに住みたい!」となったこともありませんでした。わたしが地方出身なことと無関係ではないのですが、地縁やしがらみをできるだけ避けたい気持ちもあります。
 今後も当分は東京を精神的な基点とする中、わたしがほかの街に住みたいという気持ちを持つには、たぶんいい街なだけでなく、大好きな「生きもの」を軸にしたプラスアルファの「必然性」が必要なのです。そこで、ここでは最近「必然性」を感じ、気になっている街をふたつ挙げます。

住みたい街その①:三崎口 ―― 友人と趣味を活かすための基地「磯の家」が欲しい

 わたしの趣味は生きもの好きの友人と、フィールドに虫や生きものや化石・鉱物などを探しに行くことです。

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生きもの友達と行った沖縄・古宇利島のハゼ。気が遠くなるほどかわいいですね

 最近は特に、磯でのシュノーケリングのほか、タイドプール(※干潮時の磯にできる天然の生け簀的なやつ)での生きもの観察にはまっています。数人でヤドカリや魚を観察し、口々にほめそやしつつ写真を撮って海に戻すだけですが、これが異常なまでに楽しく、すさまじいリフレッシュ効果がある。いや、磯友たちが「磯……磯に行きたい……」「昨日行ったのに磯成分が不足してきた」「磯が来い」とギィギィ鳴いているのを見るに、あれは中毒とか依存かもしれない。
 しかし、良いフィールドは車が必要な場所が多く、着替えやタオル、撮影道具などの荷物も多い。車を扱える友人に負荷が集中するのも悩みです。十年来のペーパードライバーであるわたしが運転できればいいのですが、複数の命が危険に晒される……。
 そこで「都心から公共交通機関でアクセスしやすく、かつ良い磯」という条件で探してみたところ発見したのが、神奈川県・三浦半島の三崎エリアです(こういう場所もありますよ、というのがあればこっそり教えてください)。

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三崎の海岸でビーチコーミングしたときの様子。生きものオタクは何人いてもなぜかソロ感が出る

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海藻にくっついていたというミヤコウミウシ

 たとえば三浦半島の西南端にある城ケ島であれば、まぐろで有名な京急三崎口駅からバスで35分。新宿からだと2時間ちょっとでしょうか。磯友に聞くかぎり、アシカやカワウソの展示も充実している水族館・油壷マリンパークがある京急油壺にも、良い磯があるとか。ここなら帰りにホテル京急油壺 観潮荘のお風呂に寄って一杯やれそうなのもいい。基本的に海で遊ぶことと酒を飲むことしか考えていない。
 観察のみとなりますが、70ヘクタールもの広大な自然公園である「小網代の森」の干潟で遊ぶのも楽しいですね(※2019年11月1日現在、台風の影響で一部立ち入りが制限されています。詳しくは公式サイトをご覧ください)。

 そこで、これらのフィールドへの玄関口となる三崎口あたりに、生きもの好きの基地として「磯の家」を作れないか、と最近考えています。ネーミングは、「海の家」のキラキラ感に若干対抗している。引っ越しても通勤はなんとかなりそうだけど、できれば週末に帰る家として、磯友達とシェアしつつ利用できれば最高です。
 東京にしか拠点がないと、休日海に入ってから都内に戻り、この海上がりのパサついた顔と大荷物で飲み屋を探すのはちょっときついな……となりますが、「磯の家」があればシャワーを浴びて洗濯しながら飲んだくれることもできる。かさばる海道具をまとめて置いておき、磯仲間と共同利用できれば便利だし……。
 何より「いつでも磯に行ける」と思うことで、心の安定がもたらされるに違いない。職場で多少の理不尽に遭っても「でも、わたしは退社後に磯の家でビールを飲んで、週末はウミウシと戯れたりタカラガイを拾ったりできる……この人にはマイ磯がないから、わたしに当たるのもしかたがない……」と、謎の磯から目線を発揮できるようになるわけです。
 磯中毒者のQOLにとっては「職住近接」ならぬ「磯住近接」もまた重要。ウェットスーツで潜ってのウミウシ観察や浜辺に打ち上げられた漂流物を観察・収集するビーチコーミングは冬が本番とも聞きますし、季節を問わず海を楽しむ方法も学んでいきたい。

住みたい街その②:鳥取市 ―― 屋上王国な地方都市に生きもの好きのコミューンを築きたい

 基点となる東京に比較的近い街の話をしたあと、いきなり鳥取の話をします。
 今年の夏休み、磯仲間数人と鳥取市に遊びに行くことになりました。案内人は、文筆家のワクサカソウヘイさん。新書『ふざける力』やエッセイ『男だけど、』などの著書多数、コント作家や構成作家としても活躍するほか、最近は衣食住にまつわるぼんやりした不安から逃れるための極私的挑戦の日々を描いた「エクソダス・フロム・イショクジュー」(Hagazineにてウェブ連載中)が最高です。
 ワクサカさんはご家族のいる鳥取と、メインの仕事先である東京と半々で暮らしているのですが「鳥取にはね、”さかなクンさんの絶賛した磯”があるんですよ……」という(磯中毒者にとっての)キラーフレーズをわれわれに囁いてきたのでした。
 それまで山陰の海に特にイメージがなかったのですが、鳥取県沿岸は日本海に流れこむ対馬暖流の影響で生物相がおもしろく、さらに透明度が高くてシュノーケリングに最適なのだとか。
 今調べたらさかなクンさんは、鳥取の魚を紹介する『さかなクンの山陰海岸ギョギョ図鑑』も刊行されていた。「かにクン」こと中谷英明さんとの共著のようです。さかなクンさんと、かにクンさん……。

さかなクンの山陰海岸ギョギョ図鑑

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浦富海岸・鴨が磯。ワクサカさんは「エモが磯」と呼んでいる(エモいから)

 今回われわれが向かったのは、鳥取県岩美郡岩美町の浦富(うらどめ)海岸。鳥取駅からは車で30分ほどです。15kmにわたって続く海岸は、白砂の浜、ごつごつした磯、洞窟など変化に富み、ポイントごとにさまざまな生きものが見られるそう。

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愉快すぎる海の生きものたち

 磯に身を沈めてみると、そこにはゆめかわなウミウシや、ピンク色のカラーそうめんのような肢をもつクラゲ(毒)、イカの群れ、巨大なフグなどの心躍る面々が集っていました。
 夢中で遊んでしまい、かつてない疲労に晒された我々に、ワクサカさんは冷えたブルーベリーをふるまいながらこう言いました。
 「浦島太郎って、シュノーケリングの話だと思うんですよね」
 何言ってんだこの人……めちゃくちゃわかる……。

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鳥取砂丘の日没

 もちろん、浦富海岸からも遠くない鳥取砂丘の素晴らしさについてもいくらでも語れますが、われわれが今回目にした鳥取の魅力は自然だけではなかったのです。

定有堂書店

 たとえば、鳥取駅前の商店街の小さな本屋さんでありながら、本屋好きの聖地のようになっている「定有堂書店」。一歩入ると、本の置き方がまるで連想ゲームのようで、とても有機的だと感じます。ここは店長の奈良敏行さんの選書観を打ち出すセレクトショップではなく、「本のビオトープ」がテーマなのだそう。開業時には町の人50人に「どんな本が読みたいか」を聞いてまわり、その後も本の場所を毎日のように置き換え、ゆるくつながった本棚に少しずつ足し水をするようにしてこの空間を作っているのだとか。

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徒歩圏内にいくらでも美味しいお店がある

 さらに、飲食店も充実している。鳥取はスタバの進出が47都道府県中でいちばん遅かった県ですが、その一因はもともと喫茶店・カフェ文化隆盛の地で、個人店が充実しているからだという説も。滞在中は、ふらっと入った店でも、ほんとうにおいしいものしか食べなかった。東京にもおいしいお店はたくさんあるけど、予約しなきゃ入れないもんね……。

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当然ながら、お魚も最高です。写真は「かぶら亭」の鯛のあら炊き。これをアラと呼んでいいのだろうか

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Y PUB&HOSTEL

 夜は鳥取駅前の「Y PUB&HOSTEL」というゲストハウスにみんなで泊まったのですが、近隣の若者が集まってイベントの相談をしたりしていて、なんだか良い雰囲気なのでした。

ゲストハウス たみ
汽水空港
朴訥

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汽水湖である東郷湖。山陰の汽水湖といえば島根の宍道湖が有名ですが、鳥取にもたくさんの汽水湖が点在している

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本屋「汽水空港」残念ながらこの日は定休日でした

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開店間もない古着屋「朴訥」

 聞くところによると、「Y PUB&HOSTEL」は鳥取駅から車で30分ほど西に向かった湯梨浜町・松崎にあるゲストハウス「たみ」の2号店のような位置づけだとか。アクセスのいい鳥取駅前ならともかく、湯梨浜町は観光客向けの温泉旅館もほとんどない場所。なぜここにゲストハウスを……と普通は思いますが、にも関わらず尖った個人経営店舗が点在するエリアとなっていて、愉快なコミュニティの気配を感じます。
 わたしはにぎやかな場所のおこぼれをもらおうとばかりしてしまうけれど、むしろにぎやかさからほど遠い場所を選んで、いちから吸引力のある場所を作っちゃう人たちもいるんだなあ、と思います。蜃気楼は巨大なハマグリが吐く息だという言い伝えがありますが、この町はまるで汽水湖のしじみが吐いた夢のようだ。

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Yの屋上。最高の場所

 なにより気に入ったのは、「鳥取って屋上王国なんですよ」というワクサカさんの言葉です。
 鳥取市街地エリアは、1952年の鳥取大火でなんと160ヘクタールもの地域が罹災したのだそう。しかしその後、焼野原をすごい速さで再整備して街路を拡張し、当時の最新技術のコンクリートビルをどんどん建てました。鳥取駅から出て駅前を見渡すと、だいたい3階~5階建てくらいの今ではちょっとずんぐりした印象のビルが並び、商店街の向こうには低い山が見え、そのふもとに県庁舎や鳥取県立博物館がある。一見して「なんか平たい」という言葉が浮かぶ街並みです。
 実はこのずんぐりした建物の屋上がゆるやかに活用されていて、家族や友達とビールを飲んだり、植物を思うがまま繁茂させたり、ただタバコを吸ってぼんやりしたり、そういう人たちを見ることができるのだそう。ほどよく開放感のある古い建物が好きすぎて、資産価値ゼロの超オンボロのマンションを買ったわたしとしてはグッときてしまいます。
 「過疎化・高齢化が進んでいると言われる鳥取ですけど、実は江戸時代あたりから安定して人が少ないそうなんですよね。つまり、日本が抱えている問題の先駆者なわけです。人が少ない場所で、どんな夢を見ながら暮らしていけるかという。どうですメレ山さん、鳥取の一軒家かビルを買って全国の生きもの好きや地元の若者が集まるような、あやしいコミューンを築いては?」
 言葉巧みすぎるワクサカさんに薦められ、基本的にチョロい人間であるわたくしは「えっ……超前向きに検討したい……」となってしまったのだった。ただの観光ではなく、ワクサカさんの面白ネットワークをチラ見せされたからこその心境の変化です。鳥取県、ワクサカ氏を一日もはやく地域おこし的アドバイザーとかに任命したほうがいい……。

おわりに

 家とは別の場所に拠点を作って、実際に自分がどれだけ住めるのか、というのはありますが、ふだんからわたし抜きで盛り上がっている場所を作れれば、わたしがふらっと行っても常に楽しいわけです。基本的に落ち着きがないので、ひとつの場所にずっと居るよりも場所を作ること自体が楽しいし、そういう場所がいくつかあれば、たぶん旅行もこれまでとはぜんぜん違ったものになる。
 大分から上京してずっと、いかに収入の範囲内で都心に近づくかをじりじりと目指してしまっていた部分がありました。でも、生きものの趣味を軸として気になる場所に複数の拠点を作れたら、会社員の身分のままでいろいろ愉快な生活が送れるのかもしれない。最近は、そういうことを考えています。

書籍化記念! SUUMOタウン特別お題キャンペーン #住みたい街、住みたかった街

書籍化記念! SUUMOタウン特別お題キャンペーン #住みたい街、住みたかった街
by リクルート住まいカンパニー

はてなブログでは、Webメディア「SUUMOタウン」(運営:リクルート住まいカンパニー)と共同で特別お題キャンペーン#住みたい街、住みたかった街を実施しています。この記事は、その一環としてメレ山メレ子さんに執筆いただいたスポンサードコンテンツです。本記事およびキャンペーンについてのお問い合わせは、はてなサポートのお問い合わせフォームからご連絡ください(はてな編集部)。

モテや恋愛について語るウェブ連載「蝙蝠はこっそり深く息を吸う」を書いています

青山メインランドのオウンドメディア「ナポレオン」さんで連載「蝙蝠はこっそり深く息を吸う」がはじまりました。
ナポレオン「一生モノのモテ理論」
週1回、木曜更新です。
蝙蝠はこっそり深く息を吸う | ナポレオン
モテに関するサイトといっても編集方針はかなり自由なので、別に毎回モテや恋愛について書く必要はないのですが、書いたことがないものに挑戦してみたいので意地でも恋愛について書いています。今のところ、意外なくらい楽しく書けている。

今までに書いた記事です。

  • 第一回「森に行きたい」:恋愛はたまに死人が出るエクストリームスポーツなのではないか、という話です。

新連載 蝙蝠はこっそり深く息を吸う 第一回 「森に行きたい」 | ナポレオン

  • 第二回「21文字でダメだった」:文筆業界最高レベルにモテると思われる歌人の穂村弘さんにお会いしてまんまとポーッとなり、友達に「チョロ山チョロ子」という蔑称で呼ばれるようになった話です。

蝙蝠はこっそり深く息を吸う 第二回 「21文字でダメだった」 | ナポレオン

  • 第三回「恋のうわさソムリエ」:恋バナが好きなのに会社で収集できる恋バナはえぐみが強くて悲しい、という話です。

蝙蝠はこっそり深く息を吸う 第三回「恋のうわさソムリエ」 | ナポレオン

醒めない

10/6(土)7(日)の昆虫大学2018を終えて上海に帰ってきました。
www.konchuuniv.com

国慶節の休みで直前の一週間を丸ごと準備に使えるし、いけるやろ…と踏んでいたが最後はやっぱりヘロヘロだった。







昆虫大学はこれまで3回やっているけれど、なんだか今回は特別だったような気がして、まだ夢の中にいるような気持ち。帰りの飛行機の中でも時間の感覚がおかしくなってそわそわして、この飛行機はほんとうに上海に着くのだろうか、よくある夢みたいに現実感がないままどこかへさまよい続けるのではないか、と不安になった。
単に来場者数が2157名(再入場者数を含みません)と大きくジャンプアップしたというだけではなくて、
・ただでさえ土壇場にならないと力が出ない学長が中国にいる
・そのため、今まではほとんど組織化していなかった(学長・工作大臣・デザイン大臣の3人だった)運営をチーム化して、できることはなるべく手分けして動いた
・これまでの集大成として分厚すぎる同人誌「昆虫大学シラバス」を編集してイベントで初売り
など、はじめての挑戦ばかりだ。どれひとつとっても課題が大きすぎる。
昆虫大学は昆虫の良いところを同好の士と共有する趣旨のイベントなのだが、今回は本当にスタッフ・出展者・来場者のすべてから、人間の良いところを見せてもらいすぎてくらくらしている。関係者も総勢2200人がみんなで好きなものの話をして、混雑時にもおたがい楽しめるように譲りあって、想定外のトラブルにも精一杯の対応をしてくれていたということになる。書きたいエピソードばかりなのに考えがまとまらない。
書くとすれば運営のことだろうか。わたしは思いつきで暴走するわりには雑で詰めが甘いので、忙しくなってくると「まあこんなもんでいいか」と端折ってしまうところがあるのだが、今回はそれを運営スタッフがひとつひとつ正してくれた。
来場者数が多すぎてチケットが足りない!となって、もうとりあえず他と識別できる小さな紙ならいいよ、人手足りないし、とわたしは言ったが、当日スタッフの美大生たちが「こういうのは思い出に残るものだから、少しでもいいものにしないと」と楽屋で超スピードの仕込みをはじめて、レアな絵柄を混ぜたりして遊び心まであるかわいいチケットにしてくれた。
(昆虫大学そのものの取材ではないのだが)(だからこそ厄介でもある)会場にテレビのクルーが来てちょっとした面倒が発生したときも、「テレビの人がしょうもないのは毎度のことだし」と諦めそうになったわたしを工作大臣が止めて、言うべきことはきっちり言っていた。ほかのスタッフも、お客さんからよく出る質問にはすぐに掲示を追加したり、混んでいる場所を見つけて動線を変えたりという工夫を情報共有しながらやってくれた。来た人が楽しめたとすれば、それは「基本的には学長の好きにさせてやるけど、自分の持ち場で妥協はしないよ?」という最強の人たちが、空間のすみずみまでビッと気合いを入れてくれたからだ。

あんまり関係ないけど、この動画を思い出した(見ると泣くのであまり見ないようにしている)。
youtu.be
日常はいいことばかりではないし他人とも分かり合えないことの方が圧倒的に多いけれど、それでもたまにめちゃくちゃ心が通じた気がしてしまうときがある。それが思いこみや錯覚だとしても、わたしが今生きていくにはそんな錯覚がちょいちょい必要だな、と思う。大分には九州新幹線通ってないけどな!

夜の散歩

クーラーの効きすぎたオフィスや家にいると体が冷えるので、家の近所を夕方から夜にかけて散歩することがある。上海の街はどこもかしこも開発されまくっていて、ビルとか夜景とか正直いってぜんぜん好みじゃないけれど、川が多いのはいいと思う。夕暮れだけは上海も悪くない。そこら中を意識の高い上海人ランナーが走っているので、暗くなっても歩いていて怖くないのがいい。
むわっとする空気の中、川沿いの道を音楽を聴きながら歩いていたら、いま周りにいる人たちみんな言葉が通じないんだな、なんて気楽なんだろうという気持ちになってくる。寂しい気持ちもあるけれど、日本にいるときだって基本的には寂しかったわけだし、誰といても寂しいんだろうから次はまたどこに行ってもいいんだと想像する。
むかし中島らもか何かの本で「トンカチで頭をたたき続ける人生」というのを読んだことがある。トンカチで自分の頭をゆるく一定のリズムで殴り続けると、当然けっこう痛い。でも手をつかの間止めると、ジーンとなってちょっと気持ちいい。そのちょっとした気持ちよさを求めて、ずっと頭をトンカチで殴り続ける……というような話だった。
会社で働いたり、そのかたわらでいろいろ活動しているのも、トンカチで頭を殴り続けているのと何か違うんだろうか。生きていくためにやっていることだけじゃなくて、自分から望んだ楽しいはずのことも、いざ手をつけてみると9割は苦しい。1割が純粋に楽しければ御の字だ。降り下ろしたトンカチからたまに散る火花やオパールのきらきらした断面や見たことない色の内臓を眺めて、たまに感心したり喜んだりしながらだんだん死んでいくんだろうなー、と思いながら、空がはじから紺色になっていくのにまだ家に帰りたくないので少し困っている。

だけの関係

2年に一度やっている昆虫大学というイベントの準備で忙しい。本当はもっと前から忙しかったはずなのだが、一時期はよくわからないくらい精神的に低迷していてぜんぜん動けず、一緒にやるために集まってくれた人たちに気を揉ませてしまった。今は「中の人が変わったのではないか」と言われる程度にはなんとか動けている。あと2か月強、このテンションでやっていく道しか残されていない。
いろんな人にお願いしたりされたり、持ちかけたことに対してそれを上回るアイデアを出されたりみるみる形になっていくのを見ていると、もう何も食べなくていいし眠らなくてもいいやといった気持ちになる。気持ちの上下動が多すぎて正直疲れるので、ネットのメンタルヘルス診断みたいなのをちょっとやってみたのだが「落ち着かないことがありますか」→よくある といったクソの役にも立ちそうにない設問に答えていくうちに「いやいやいや、心が震えずして何が人間か!ワイは間違ってない!!」と開き直って終了した。
インターネットでできた友達と会っていると、それぞれ程度の差はあるが、お互い自分の精神を持て余しますよねーという前提で話ができるのがとにかく楽だ。

東京の家にいたとき育てていたサボテンやエアプランツはすべて、上海に来るときに人に預けてしまったのだが、上海でも花市場に通ったり通販で購入したりして、だんだん鉢が増えてきた。しかしいちばん場所を取っているのは、入居時からなぜか部屋にあるモンステラだ。切れこみの入った葉が鉢から横に投げ出されるように伸びてきて、ちょっと鬱陶しい。なんとなくハワイ感があって自分では買わないタイプの植物だが、中国に来てすぐの頃はこれが唯一の友達的な精神状態だったことを思うと、お引き取り願うのも気が引ける。「体だけの関係」とか「腐れ縁」とかの単語が胸に浮かぶ。植物にしてみればわたしとの関係はぜんぶ「水だけの関係」なんだけど。
「原稿だけの関係」というのもある。依頼するほうもされるほうもあるが、たとえば依頼されるほうだと「○○みたいな文章を」だとまあ頑張りますみたいな感じで、「今まではちょっと違ったこういうものを書いてほしい」とか言われるとテンションとしては告白されたに等しく、好意を知覚する繊毛がめちゃくちゃサワサワする。
お仕事なのであえてそこをくすぐっている編集者さんも当然いるだろうけれど、赤の他人に「普段やってないことをやってみてほしい、あなたにはそれができると思うし見てみたい」っていうのは、つまりめっちゃ好きってことだと思う。少なくとも、わたしがイベントに協力してくれる人に原稿なり展示なり販売なりをお願いするときはそういう気持ちでやっています。
こんなに自分の中に他人への好意が眠っていたのか……と自覚できるので、こういうイベントをやるのは本当に楽しい。人として生き直している感じがする。ここまで重たい「だけ」があるだろうか。

水に落ちる性格

仕事で中国に来ているというと「大変そう……」という反応をされることが多いですが、いちおう社内で中国駐在の公募が出たときに自ら応募しているんですよ。報知のメールについていた「応募する」ボタンを、2時間くらい考えてポチッと押した。
当時のボスにも半年くらい前から「今の仕事はもう入社してから8年くらいやってるし、中国にも出張で何度も来てこっちの社員とのコミュニケーション取れてきたし、海外で働くことに興味がある。公募が出たら応募しようと思います」と話していて、ボスも応援してくれていました。出張中なのにわざわざ電話をかけてきてくれて「例の公募だけど、押した?いや、押していいんだよって言おうと思って。押したんだね!オッケー!よい週末を!(金曜日の夕方だった)」と言ってたのを覚えている。いい上司だなあ。
そんなわけで行くための土壌は整っていたし、あくまで期間のある出向なので現地採用とかに比べたらそこまで勇気がいる判断ではないはずだけど、就業ビザがなかなか下りず(本社での仕事との間に見た目上の連続性がないとかなんとか)、赴任まではずいぶん時間がかかった。
赴任までと赴任後の数か月、いやつい最近まで、ずっと緊張していたような気がする……。ボタンを押す瞬間はむしろ何も考えていないに等しく、「細かいことは押してから考えよう」くらいの気持ちだったので、押してから赴任までの期間が長いのはつらかった。根暗の考え、首を絞めるに似たり。

この前、中国でできた日本人の友達から「紹介したい男性がいるんだけど、自立した人が好きなんだって!メレ山さんはひとりで海外に来ちゃうくらい自立心があるでしょう?」と言われた。できれば自立してないよりは自立していたいとは常に思っているけど、はたして自立しているんだろうか……自問自答の結果出した答えは「水面をじっと見続けた結果水に落ちているだけ」だった。
目の前に穏やかな緑色の水面があって、堤防から身を乗り出して見ているとだんだん水面のことしか考えられなくなって、もう水に落ちるしかないような気持ちになってくる。ピラニアがいるんじゃないかとか足が立つかどうかとか、検討事項はいろいろあったような気がするけど、それ以上考えるのが面倒になってより過激な選択をしてしまうことが多いし、そういう時ってなんか「生きてる」って感じがする。でも「生きてる」って感じるときって、総じてわりと死に近いよね。ビビりのくせに怖がりたがりなので、自分に小さなチキンレースを仕掛けているうちにいつかポロッと死んでしまうのかもしれない。紹介ですか?数人で楽しくカラオケして何事もなく帰りました!

中国に来て1年が経ちました

「主人がオオアリクイに殺されて~」みたいなタイトルになってしまいましたが、2017年の7月24日に上海に赴任し、ちょうど1年が経ちました。
いろいろな経緯があって予定とはぜんぜん別の仕事を中国でやることになり、動悸がして眠れない夜もありましたが少しずつ慣れてきて今に至ります。せっかく海外で暮らしているのに、中国国内の写真を撮って公開できないのが残念です(邦人のスパイ容疑による拘束事件などもあり、会社の方針で不用意な写真撮影が禁止されてます)。
正直文章どころじゃねえ的な気持ちで果てしなく何かを書くことから遠ざかっていたのですが、つい先日夏休みで日本に一時帰国し、数か月前に帰国したときよりも自分の調子がだいぶ戻ってきていることを感じました。また、自分が繋がっていたいと思える人たちと繋がっているためには、曲がりなりにも何かを書き続けていることが今はいちばん重要だな、と強く実感した次第です。
中国に来る前に日記を書こうと準備していたウェブサービスは金盾によって軒並み規制されており、いちばん気軽に書けるのはなんと古巣の「はてな」だった。「はてな」はいいんかい、中国政府。と遅ればせながら気づいたので、すこし頻度を上げてここで書いてみたいと思います。昔のようなテンションの高い長文旅行記や万人に読まれることを強く意識したものは、もう書かないだろうけれど。デザインももっと日記的なボソボソとした文章に適したものに変えてみました。

Webちくまの書評コーナーに、最近読んだ3冊について書かせてもらいました。二村淳子編『常玉 モンパルナスの華人画家』津村記久子『これからお祈りにいきます』マイケル・ボンド『くまのパディントン』の3冊です。津村記久子さんは本当にいいですね、わたしが小説を書けたらこんなのが書きたい……。
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